まっすぐに見つめる

2004年に公開された「Super Size Me」
http://www.imdb.com/title/tt0390521/
が大ヒットして以来、食べ物と健康についてのドキュメンタリがたくさんつくられた。
丁度この頃からアメリカでは$10以下で食事がすませられる。
Chili’s
http://www.chilis.com/en/Pages/home.aspx
のようなレストランの食べ物の量は価格に反比例してどんどん増える一方で、
モニとふたりで夕食にでかければ、ふたりで500ドルが飛んでいってしまうレストランでは東京の懐石料理屋も青ざめるような、ほんのちょっぴりの量になっていった。

歴史はじまって以来、アメリカのひとたちが「いままでみたいにバカ食いしていると死ぬる」と悟った初めだと思います。

Amazon instant videoやメジャーテレビ局のアーカイブ、オンデマンドなどでたいていのドキュメンタリは無料でいつでも観られるようになってしまったせいで、わしは日がな一日テレビを観ている。
もともと集中力がゼロなので、こうやって日本語でブログを書いたり、ツイッタをやったりしているときでも、他の言語でもツイッタをやり、テレビはつけっぱなしで、しかもスカイプでバカ友とだらだらだらと話している。
どーしよーもない、というか、やる気があるのか、とゆーか、自分でもどう言い繕って自分の良心を慰めればよいのか言葉に困るような生活だが、ちいさいときからこーなので、いまさらどーもならん。

豪州人 Joe Cross の 「FAT, SICK & NEARLY DEAD」は、そうやってBGMのごとく垂れ流しになっていたドキュメンタリのひとつでした。

デブって体質に変調をきたして病気になりかけた、かつての成功したアントルプルヌルが60日間ジュースだけの食事で身体の状態を「reboot」することによって、減量して健康を取り戻そうとする。
その「fast」をアメリカ大陸を横断しながらやる。

ただそれだけのドキュメンタリで、そーですか、という感じのものと言えなくもないが、
わしが思わず、ツイッタの手をとめて見入ってしまったのは映画の本題とはやや外れたところでした。

Joe Crossは大陸横断の途中の町Winslowのレストランの外で、でっかいトラック運転手に会う。
430ポンド(約200キロ)。
ふたりとも英語人なので、英語人の習慣に従って、駐車場で、のおんびり世間話を始めます。
話はお互いの肥満の話になって、Joe Crossは、ぼくはジュースだけで60日すごそうとしているんだぜ、と話す。ふたりでJoe Crossのつくったジュースを飲みます。
「悪くないね」とゆって、でっかいトラックドライバは去って行く。

60日のジュース・ファストで37kgを減量してシドニーに戻ったJoe Crossに
ある日、そのトラックドライバから電話がかかってくる。
助けてくれないか、というのです。
こんなに肥満したままでは自分は死んでしまう。

この人もやはりジュース減量に成功して体重を減らし、健康を取り戻して、太りすぎてキャッチボールひとつ出来ない自分が恥ずかしくて会う勇気が出なかった息子と会い、自殺衝動も消えて、人間の本来の生活を取り戻すが、わしのツイッタの手を止めたのは
、それよりも減量に取り組んでいる途中で、減量のために滞在した田舎の小さな町で、これは良い減量方法だから、他のひとにも教えてやるべ、と思いついて、減量の説明会を開くところがある。

減量の講師として立っているトラックドライバは、まだまだでっかい160キロくらいあるおっちゃんで、よく見ると講師よりも太っている参加者はいないよーでもある。
その奇妙な光景を眺めながら、わしは、涙ぐんでしまったのでした。

わしには20代後半の日本人の友達がいて、このひとは相模湾沿いの町に住んでいる。
肥っている自分が嫌いで、なにごとにも自信がもてなくて、家に閉じこもっていることが多い人だった。
運動すればいいやん、というと、やってみた、という。
泳ぎに行ったら、高校生の女の子がふたり、こっちを見て笑い転げていた。
もう、それから人前に出るのが怖いんだよ。

職場でも、冗談で、でっかいねえ、と言われる。
笑って受け流すが、もう死んでしまいたい。

涙ぐんでしまったのは、アメリカ人たちの「まともさ」に感心してしまったからでした。
肥満に苦しんで、毎日野菜と果物を大量に買ってゆくでっかいよそ者が小さな町で話題になってゆく。
そのでっかいよそ者が、ある日、自分がやっている減量をみんなにも教えたいから、見に来ないかと町のひとびとに呼びかける。

たくさんの人が、真剣な顔で、でっかいおっちゃんの説明に聞き入ってます。
誰も「だって、本人がデブなんじゃん」とゆわないのね。

「いやあ、おれには無理だぜ」というひとはいる。
今度にするわ、というおっちゃんもいる。
でも、誰も茶化して笑ったりはしない。

英語人、なかでもアメリカ人に特徴的な習慣は、問題が生じているとき、
ものをまっすぐに見て、正面から抱きとめるように、あるいは全力で体当たりするように問題を解決しようとする。
見ていると、一心不乱、という言葉を思い出す。
他人がそうしている様子をみて茶化したり、まして笑ったりするのは、人間として最低の行為だと誰もがよく知っておる。

英語では、smartassという。
賢げに皮肉を述べたり、なにによらず他人から賢そうに思われそうな言辞を弄するひとのことです。

日本人は、いまの状態から抜けだそうと苦闘している。
自分達が文化的歴史的な理由でつくりあげてしまった、怪物的どころか、いまでは社会全体に覆い被さった一個の巨大な呪いのようになったチョー、ビューロクラティックな社会の仕組みと格闘している。なにしろ国全体が非効率な役所になってしまったような状態なので、もともとが自分達の保身のための巧妙な陥穽をつくる装置としての一面をもつビューロクラシイのなかで、あれほど繁栄した国が、ほぼ破滅しかけている。

民主党を選択した決断は、日本人にとっては、ほぼ捨て身の必死の決断だったが、ごくケーハクな政局判断だけを職業的スキルとする政治家たちによって、ものの見事に裏切られてしまった。

そうしているうちに巨大官僚制、あるいは官僚制的な仕組みは、破綻寸前の財政を生み、教育制度の崩壊を生み、フクシマをうみだしてしまった。

わしは英語世界の人間がどう言って嘲笑おうとも、5年間11回の遠征を通じて目撃してきたので、日本人が羊の群れであるどころか、この十年、懸命に考え、懸命に戦って、すべてが裏目に出てしまっただけだと知っている。

わしは日本の人は、自分達が最も愚かだった日々の記念として「漢字の読みの表」をかかげて 麻生太郎に「首相、この漢字があなたには読めますか?」と国会質問で迫った民主党石井一という人の参院予算委員会の質問ビデオをナショナルアーカイブで保存しておくとよいと思う。

あるいは次から次に揚げ足をとられ、誤りをおかすや、群がるように集まって袋だたきにして相手を黙らせた反・反原発のひとびとの名前を石板に刻んで、自分達の「賢さ」がどのようにして自分達の、ゆいいつの、と呼びたくなる特殊で固有な社会を滅ぼすに至ったか何度でも眺められようにしておくとよいと思う。

歴史上、社会全体として迫ってくる問題を直視できなかった国は、みな滅びていった。
ロシアのように広大な土地に広がる国は、「滅び」ても、大地の神の力でもあるかのように不死鳥じみて、また生き返ることができるが、ひどいほうの例を挙げると、コリントもスパルタも、フェニキアも、土地どころか、その上で生活していた人間たちですらどこかへ消えて、アテナイでさえ、ところどころに残る崩れた遺跡のほかには、むかしを想像するものすら残っていない。

日本社会の最もおおきな問題は社会的集団的なサディズムという問題が社会として克服できないでいることだと思うが、そのほかにも「ものごとを正視できない」という不思議な文化があるよーです。

日本にいるときなら、もう少し先へまで考えられて、その正体がなんであるか、どうすればいいのか、考えられたかも知れないが、この頃は日本から9000キロより近いところに行かないので、「どうもわかんねー国だったな」で終わってしまう。
そこから先を考える気持ちが起こらなくなってしまった。
だんだん遠くなってゆくような日本の姿を記憶のなかで眺めながら、結局はこうなると知っていたような、自分に裏切られたような、不思議で寂しい感じがします。

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