戦争という娯楽

「Days of Glory」という傑作戦争映画がある。
フランスの「自由、平等、博愛」という理念を守るために立ち上がり、第二次大戦中のフランス義勇軍に加わって、現実には自分たちを徹底的に差別収奪するフランス人たちの本土であるアルザスに送り込まれ、自分たちとは縁もゆかりもないアルザスの橋をアラブの誇りにかけて死守するアルジェリア人兵士たちの物語です。
最後はたったひとり生き延びる伍長を残して全滅してしまう。
当時はまだ「許されないカップル」であった、フランス本国人の美しい娘とアラブ人の狙撃手の恋が胸をうちます。アラブ人マークスマンが必死に書き綴る手紙はアラブ人とフランス人の恋を問題視する軍の検閲官によってすべて握りつぶされ、手紙を待ち焦がれた娘は出かけていった軍で「なんの消息もない」と穏やかで実直な物腰の事務官に伝えられます。
フランスでは大戦中に義勇軍として参加した元植民地軍兵たちに年金が支給されていない、ということが大きな社会問題なので、こういう映画がつくられた。

わっしは戦争映画が好きなので、よく観ます。子供の時は「空軍大戦略」(いま邦題を調べて驚いた。な、なんで「Battle Of Britain」が「空軍大戦略」になるんでしょう? どーゆー感覚をしてるのかしら。すごいな)や「史上最大の作戦」みたいなもので結構満足していたのであって、一方で戦史を読みながら、堪能した。
さすがに高校生くらいになると、「わが連合軍は勇敢でした」っちゅうような単純な映画は退屈なのでドイツの名作「スターリングラード」
(いろいろ同名の映画がありますが、これは、やっとこさ日本でも発売されることになったらしき、最も有名な映画

http://www.imdb.com/title/tt0108211/

のほうです)
やなんかを観てました。
日本には「肉弾三勇士」のような「精神力」をたたえる戦時報道が多かったわけですが、
「スターリングラード」には、零下50度の雪原で兵士たちがヒットラーの「わが新鋭機甲師団は敵のT34を主力とする戦車群を完全に撃破した」という放送を聴いていぶかしく思う有名なシーンがあります。
「新鋭機甲師団って、どの辺にいるんだ?」という兵に、同僚が、にこりとも笑わずに呆れたように見つめて、
「おまえのことだよ」と言う。
ほんとうは「新鋭機甲師団」などすでに第三帝国には存在しておらず、素手に棒付き戦車地雷で必死にT34の嵐を食い止めた兵士たちの「肉弾戦」をヒットラーは、「新鋭機甲師団」の成果だと言ってごまかす。
ドイツ人は、どんな頭の悪い人間でも「精神力」で戦争は勝てないと、よく知っていたからです。

わっしは後6週間日本にいようと考えていますが、今回も、日本のひとが自分たちを「尚武の民」とごく自然に見なしていて、「戦争」ということになると、いささかも自分たちの敗北を認めない、という傾向を面白いと感じました。
「世界一」の戦艦であった大和や無敵の戦闘機であった零戦について話す酔っぱらった日本のひとを眺めていると、1945年に負けたのはほんとうは連合国だったんだな、と普通に考える。
英語国の戦史と日本語の戦史を読み比べて見ると、お互いに勝利したのは自分の方だ、と主張しているようで、まるで別々の戦争について語っているようである。

「自分史」というのは、ほんとうにくだらない本が多くて、神保町で100円コーナーで買ってきては、そのあまりの自己愛ぶりにカンドーする、ということの繰り返しですが、このあいだ買ってきたのは、1931年から1945年どころか、そのあと国民軍に加わって戦った1947年まで、驚くべきことに17年間を兵士として戦場に暮らした通信兵の自伝でした。これはおもしろかった。このひとは戦っていて最も強く最も怖かったのは中国兵であった、と書いています。
いちばん弱いのがアメリカ兵、と言う。
日本兵は、オーストラリア兵の次くらいではないか、と書いてます。
理由として(これは「兵の強弱」とは関係がないが)上級指揮官の質の悪さ、防戦時の持久力のなさ、柔軟な判断力の欠如、などを挙げている。
日本兵士の質が日露戦争時に較べて大きく低下していたことを嘆いている箇所もあります。
へえ、と思う。
他の(多くは戦後生まれの)作家が書いた「大戦記録」とはずいぶん違っているからです。

だんだん遡って調べてゆくと「日本軍は強かった」という、実は敗戦国に共通な国民的主張はアメリカ占領軍が指導してNHKに作らせた「真相はこうだ」というラジオ番組や「真相箱」のような出版物を通じて大々的に行われたアメリカらしい露骨な史実の歪曲に対する日本の「二流出版人」の抵抗が淵源であるらしきことがわかって、わっしは「二流のひとびと」のカッコヨサを思った。
彼等は貸本マンガや月刊漫画誌週刊マンガ誌に拠って、なんとか自国のガキどもに日本人としての誇りをもたせようと必死に工作したのでした。トップの図解に小松崎茂先生に描かせた機銃痕だらけになった夜間戦闘機「月光」をもってきたりした。
わっしは、そういう「二流出版人」の努力を良いことだと思います。
しかし、日本が力を付けてくるにしたがって良いことばかりとは言えなくなった。
小林よしのり、というような道化が「戦争娯楽産業」で大金を稼ぎだすのを観ていると、ふうん、と思います。
「東大一直線」で主人公に鉛筆を鼻につっこませてブイブイ言わせているくらいなら、まだ笑ってすますことが出来るでしょうが、本人が表紙の写真でポーズをとり戦時中の戦闘機操縦員の飛行服を着て軍刀をつかんでいきがるところまでくると、日本という国に死んだ若いひとたちへの冒涜も甚だしい、と思う。
戦死者の尊厳への冒涜である、とほか言いようがない。
このひとの「愛国心」など「東大一直線」が連載された雑誌の粗悪な紙よりもうすっぺらいものであるのが、よくわかります。ただの金儲けのタネなのではないか。

わっしは「靖国神社」がなぜ問題になるか理解出来ません。
自国の兵士たちが死ぬときに「靖国で会おうぜ」と言い交わして死んだ、という厳然たる事実がある以上、どんな国にもある「兵士たちが帰還する場所」が靖国神社であるのは歴然たる事実です。以前、それをこのブログに「そういう場所が守れない国のために死んだ兵士は犬死にであって、自国のために死んだ兵士を記憶する努力もしない国家など、国家とは呼べぬ」と書いたら、驚いたことに「日本国の悪口を言うな」「死ね、バカガイジン」
「日本には日本の考えがある、うるさい」というコメントとメールが山ほどやってきた。
日本のひとは個々の兵士よりも「国家の側に立つ」のがわかって、なぜ日本がああも簡単に安っぽい国家主義にだまされたのかよく判ってしまった。
その噂以上のバカッぷりに辟易して記事は削除してしまいました。

英語や欧州語の雑誌には、ときどき「靖国神社」の問題が載ります。
そういう記事には模造の連隊旗を先頭に旧日本陸軍の制服を着て境内を練り歩く若い人の集団での写真であるとか、「われわれがアジアを解放したのに、それを西洋人は認めない」というような若い人の談話が載ってます。
ジャーナリスト、というのはどこの国でもひとが悪いので、日本を危険な国に見せようと思えば「愛国右翼バカ」を狙い撃ちして、その主張をそっくりそのまま載せてやれば最も効果的なのをよく知っているのです。

歴史を通じて「戦争という娯楽」を楽しんできたひとたちは、たくさんいました。
スカートをはいている女の子を道ばたでつかまえて思い切り辱めるのを毎日の習慣にしていた「国防婦人会」の主婦たち、「愛国」をがなり立て、いざ戦争となると要領よく卑屈に立ち回って内務班の顔になり新兵を殴る喜びにひたりつづけた右翼青年たち、
満州で軍人すら腰抜け扱いして、たかりを生業にした「壮士」たち、「鬼畜米英」と世論も政治家も煽りまくって国家を戦争に追い込み、戦後は軍人と政治家と「好戦的で蒙昧だった国民」を指弾しつづけた新聞記者たち、……枚挙にいとまがない。

歴史が教えてくれることは、こういう人間を野放しにしておく社会はいつか必ずまた戦争を引き起こすのであって、その結果、「ものを言わない」実直な生活者である「夫」や「兄」や「息子たち」が、こうした観念の遊戯を堪能したいだけの愚か者たちが手慰みにした政治的スタントの犠牲になってあるいは手足を失った屍体となり、あるいは骨だけになって飢え死にすることになる。
戦争という娯楽に惑溺したことへの請求書は常に戦争を忌避するまともな人間の死によって支払われるのです。

戦争という娯楽が、いかに高くつくか、たとえばブッシュのような人間はちゃんと理解しているべきだったのに、と心から思います。

2009年以前

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