鮎川信夫

「ぼくは行かない
 何処にも
 地上には
 ぼくを破滅させるものがなくなった」

鮎川信夫の「地平線が消えた」という詩の出だしは、たしか、そんなふうであった。
わしはこの詩を苦労して集めたむかしの「早稲田文学」の見開きで読んだのだと思います。
明治時代以来の日本文学の最も正当な継承者であった日本の現代詩人たちは、まったく報われなかったにも関わらずものに憑かれたひとたちのように詩を書き続けた。
世紀が変わって日本の「詩」が完全に破滅するまで、その努力は続きます。
それがいかに希有なことであるか、他の言語の歴史に通じていればわかる。

西脇順三郎、滝口修造、金子光晴、山之口貘、吉岡実、鮎川信夫、田村隆一、岩田弘、堀川正美、吉増剛造、岡田輶彦と戦後に詩をしつこく書き続けた詩人たちのなかですぐれた詩を書いた人だけを並べても、日本の現代詩がいかに豊穣なものであったかが想像できます。

詩の才能があるとは到底おもわれない大岡信や飯島耕一の登場あたりから次第におかしくなって、(想像に過ぎないが、日本のひと特有の「あいつはいいやつだから、賞めてやろうよ」式のことがあったのではなかろうか)ねじめ正一の登場によって後味の悪い終止符を打たれることになった現代詩ですが、考えてみると戦後の詩人たちに直截つながっている戦前の天才詩人中原中也から数えると、だいたい70年間も偉大な詩の伝統が続いたわけで、他国に類例を見ない文学の歴史を日本語はもっているわけです。
わっしにとっては、それが何語であれ自分に理解できる言葉で書かれていれば「良い詩」と「悪い詩」の判別は簡単で、読んで容易に暗誦できる詩が良い詩で、おぼえられない詩は悪い詩である、とずっと思ってきた。
英語国民でディラン・トマスの詩を読んであれをおぼえられないひと、というのは多分いない。いるとすれば、それは本人の英語の語感がよっぽど悪いのだと思います。
T.S. エリオットもW.H.オーデンも、上にあげた11人の詩人たちの詩も同じです。

多分「詩神」は言葉の意匠をごくわずかしか持たないのであって、その数の少ない(音韻でない)定型にぴったりフィットする言葉にたどりつけるひとの数もまた少ないのでしょう。
「詩」というものは、それが人間の言語で書かれる前にすでに言葉の神様の手で出来上がっていて、ときどき「幸福な瞬間」にめぐりあった詩人が、天上の彼方からおりてくるその「詩」をただ紙に書き写して出来上がるものなのかも知れません。
そうして世界中の言語に分け取りにされる「限定生産品」の天上の詩のうち、これほど多くの数が日本語に振り替えられたのは「言語表現における公正」ということから考えるとやや問題がある(^^)
日本のひとは、日本語を母国語としている、ということについて幸せであると思います。
上に挙げた11人の詩人たちの詩が読めるのだから、これほど享楽と愉悦に満ちた言語をもった贅沢な国民は珍しいのではないか。

鮎川信夫、というひとは偉大な詩人がたくさんいた日本の詩人のなかでも特に普遍的な「眼」をもっていたひとだった。
眺める事象のいちいちひとつひとつについて気味が悪いほど正確に支点がどこにあるか見いだせるひとだった。
そうして見いだした支点に従って、ごくあっさりとこの世界の秘密を見破ることができるひとでした。
もちろん、わしが自分が理解するいくつかの言語で書いた人間のなかでも、最高に尊敬するひとのひとりです。

たとえば冒頭に出だしを掲げた詩は、いま詩集をひっぱりだしてきて革めて読んでみると、こんなふうな姿をしている。

ぼくは行かない
何処にも

地上には
ぼくを破滅させるものがなくなった

行くところもなければ帰るところもない
戦争もなければ故郷もない
いのちを機械に売りとばして
男の世界は終った

うつむく影
舞台裏で物思いに沈むあわれな役者

きみがいたすべての場所から
きみがいなくたって
この世のすべてに変りはない

あってなきがごとく
なくてあるがごとく
欄外の人生を生きてきたのだ

地べたを這いずる共生共苦の道も
やがては喪心の天に至る
忘れられた種子のように
かれは実体のない都市の雲のなかに住む

コカコーラの汗をうかべ
スモッグの咳をし
水銀のナミダをたらして
四十七階の背骨がゆれている

「四十七階」というのだから、鮎川信夫はこの詩を新宿の初めの超高層が出来たときに物理的にも人間の精神の上でも水平を極めた当時の東京に突然あらわれた「垂直な存在」に刺激されて、それを自分の復員以来の人生に重ねてみたのに違いない。
四十七階建て京王プラザホテルを見る鮎川の眼が兵士の眼であることは、
「 地べたを這いずる共生共苦の道も」というような行でわかります。
それが戦後生活の単なる比喩にしか見えないひとは、
「地上には
ぼくを破滅させるものがなくなった」という部分や、
「行くところもなければ帰るところもない
戦争もなければ故郷もない」
という言葉にひそんだ拭おうにも拭えない鮎川信夫の兵士としての記憶を見誤っている。

相呼応する、
「行くところもなければ帰るところもない
戦争もなければ故郷もない
いのちを機械に売りとばして
男の世界は終った」
と、
「コカコーラの汗をうかべ
スモッグの咳をし
水銀のナミダをたらして
四十七階の背骨がゆれている」
は、無論、鮎川が目撃した日本の戦後の「繁栄」の虚しさの表現です。
このふたつの連にはさまれた
「きみがいなくたって
この世のすべてに変りはない
あってなきがごとく
なくてあるがごとく
欄外の人生を生きてきたのだ」
という淡々とした人間の存在についてのあきらめは、わっしが好きな鮎川信夫が自分の姿を描くときの自画像でしょう。
「男の」世界、と書いてしまうところが鮎川信夫の詩にはよくある一瞬の油断からくる愛嬌ですが、しかし、鮎川の透徹した視線はそういう言葉の選択の上での小さな瑕疵を補ってあまりある。

日本語を母国語にするひとたちがうらやましい、と思います。

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