Haters

予想どおり、というべきなのだろう。
エマ・ワトソンの素晴らしいスピーチ、自分が女優であることを忘れて、ひとりの、正当に扱われたい、「女」ではなく一個の人間として認められたいと願う若い人間に立ち返っての、だからこそ声が震え、女優らしくない張り詰めた緊張と戦いながら述べたgame changingなスピーチに対して、
「おまえのヌード写真を盗りだして晒しものにしてやる」と、日本の2ちゃんねるの模倣サイト4chanにたむろするひとびとが述べだしたのを嚆矢に、
「エマ・ワトソンの男への偏見はメル・ギブソンのユダヤ人への偏見と変わらない」
「あんなアイドル女優にしかすぎない女を国連が大使に選ぶなんて信じられない」
「なんにも新しいことは言ってなくて、もう何十年も言われてることを繰り返してるだけで、バカみたい」

という声が広がっていって、いまの3つの例はredditのAskMenだが、もうちょっと下品なほうにおりてゆくと、
「おれがイッパツやって黙らせてやる」
というようなのがいっぱい並んでいて、インターネットといえども現実世界の反映なのがよくわかる。

男に限らないところが面白くて、女のひとびとが集まるサイトを見ても、
「あんな程度のことは私たちがずっと言ってきたことじゃないの、かわいい顔の若い女が、うんざりするほど私たちが言い続けてきたことを芸もなく繰り返しただけで大騒ぎするなんて、それこそ世界がセクシストである証拠」
「あの程度の悪い認識しかジェンダー差別にもっていない人間を国連大使にするなんて国連はおやじ趣味かよ」
「ブラウン大学の卒業スピーチかなにかと間違ってるんじゃない?
あんな幼稚なスピーチを許すなんて国連も落ちたものね」
というようなのが並んでいて、自分が仲が良い年長の「フェミニスト」の友人たちの顔を思い出して、なんだか、にんまりしてしまう。

わしの「フェミニスト」の友達は、言うなればフェミニズム原理主義者で、「男のような邪悪な生き物は地上から抹殺すればいい。人工授精のような科学はそのためにある」というひとびとで、だいたい女同士のカップルで住んでいる人が多い。
「ガメ、おまえはいいやつだけど、余計なもんは切り取っちゃって、わたしと同じものを医者につけてもらって女になれ、ガメじゃでかすぎて不細工だけど、そっちのほうがまだ目障りにならんわ」と乱暴なことをいう。

シモーヌ・ド・ボーボワール、スーザンソンタグのようなひとびとから始まって、アニー・リーボヴィッツ、マーガレット・モス、ジョディ・フォスター、ロザンナ・アークエット…
無数の人間が立ち上がって声をあげては、男や女の暗闇から飛んでくる矢によって傷ついてきたが、
エマ・ワトソンはロケに出れば必ず群衆に取り巻かれる職業人なので現実問題としても怖いだろうと思う。
この人達には様々な脅迫や冷笑、おおっぴらな嘲りにあって、カウチに座り込んで両手で顔をおおう夜がある。
自分に向けられた憎悪の声が強いだけ世界にうんざりしてゆく。
人間性というものに信頼を失う。
そうでなくても「著名な友達」たちを見ていると、たいへんだなあ、と思うが、なかでも、むかしもいまも、「男性と女性は平等であるべきだ」と公然と述べることは、ひとりで全世界に宣戦を布告することなのである。
女の人間が「自分は女であるより人間だ」と述べることがなぜか自動的に世界への宣戦布告になって、往々にして、女のひとびとまで敵にまわすのでは、ぜんぜん理屈が立たないが、現実にいつもそうなのは玄妙なほどである。

Haters、とよく言う。
若い英語人のあいだで、このごろ、頻繁に「haters」という言葉が口端にのぼるようになったのは案外、Taylor Swiftのヒットソング、「Shake It Off」のせいだろう。

こういう歌詞です。

I stay up too late, got nothing in my brain

That’s what people say mmm, that’s what people say mm

I go on too many dates, but I can’t make ’em stay

At least that’s what people say mmm, that’s what people say mmm
But I keep cruising, can’t stop, won’t stop moving

It’s like I got this music in my body and it’s gonna be alright
‘Cause the players gonna play, play, play, play, play

And the haters gonna hate, hate, hate, hate, hate

Baby, I’m just gonna shake, shake, shake, shake, shake

I shake it off, I shake it off

Heartbreakers gonna break, break, break, break, break

And the fakers gonna fake, fake, fake, fake, fake

Baby, I’m just gonna shake, shake, shake, shake, shake

I shake it off, I shake it off

誰でも知っているとおり、

「隣のふつうの女の子」で売り出したTaylor Swiftは、「いろんな男ととっかえひっかえデートにでかけるのに、どの男にもすぐうんざりされて捨てられる」
「歌えない」「踊れない」
まだ19歳なのにMTV のVideo Music賞の受賞式では、コニャックを飲み過ぎたKanye Westがステージに駆け上ってきて、「これはおまえがとっていい賞じゃないんだ、ほんとうはビヨンセがとるべきだったんだぜ」とマイクで叫んで受賞を台無しにされてしまうという運の悪さだった。

http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-1213280/Kanye-West-ruins-Taylor-Swifts-big-MTV-acceptance-speech-storms-stage.html

音楽が好きな人間には、みな、Taylor Swiftなんて、けっ、と思う気持ちがあって、恥ずかしいことに、わしもそのひとりだったが、ある日、出かけた先でMTVを観ていて、えー、またTaylor Swiftやってるのかあー、と観ていたら、案に相違して、聞こえてくる歌詞に、なんだかちょっと涙ぐんでしまった。

表の歌詞は、「勝手に悪口言ってりゃいいわよ。わたしはどんどん前に行くんだから」だが、「ちょっとかわいいだけ」で、容貌もスタイルも歌も踊りも知性でさえも、「そこそこ」としか評価されない、ひとりの若い女びとが世間の瘴気にさらされながら、ひとりで途方もないおおきさの悪意や憎悪と向き合って、わたしはわたしなんだ、そのことを誰にもとやかく言わせない、と懸命に考えて、
しかもそれを自分の歌のマーケティングにしてしまっておおきな売り上げをあげてしまったのは素晴らしい。

あんたたちの悪意はあんたたちの問題にしかすぎないのがわからないの?
自分の問題にしかすぎない薄汚い感情をわたしにぶつけないでよ、という「声」が聞こえてきそうなビデオを観ながら、わしは 見はじめの「えー」な気持ちがどこかへ行ってしまって、「でかしたぞ、Taylorどん」(←いきなり友達あつかい)と考えていた。

Lady GaGaたち、自分がいつも比較されては冷笑の種にされてきた他のパフォーマーたちの明喩に満ちたビデオの最後で「ふつうのひとびと」が、めいめい勝手に、自分なりのダンスを踊り狂うところが出てくるが、人間の一生は一回しかない、
他人の悪意やぶつけてくる憎悪につきあっているヒマはない、どうしてあんたたちは他人のことなんかほっておいて自分の一生を生きないの?
というこの若い女のパフォーマーの声が聞こえてきそうである。

自分の心のなかのビートにしたがって、自分の一生に見合ったステップを踏んで生きていく以外にやるべきことはなくて、せめてもダンスのリズムを楽しみながら、自分に与えられた時間を生きていくしかないのだと、改めて、おしえてくれる。

日本は異様なほど攻撃性が強い社会で、自分がこうと思い込んだ落ち度を相手のなかに見いだすと、容赦なく攻撃する。
しかも「普通のひとたち」も誰かが相手の攻撃に成功しつつあると見て取ると、尻馬に乗って大集団で襲いかかる。

なにかしら自分から見て「優遇されている」と感じる存在への嫉妬も強烈で
視覚に障害がある人間の白杖を後ろから忍び歩いていって蹴り上げ、ストローラーを電車のなかに持ち込んだ若い母親を睨めつけ、信号を待って立っている全盲のひとの横で、わざと道路を横断するような足音を立てて、走ってくるクルマの前に飛び込ませようとする。
この話を記録した人は、全盲の人の後ろにいて、慌てて全盲のひとの腕をとってとどめたら、偽の足音を立てた男は舌打ちしたそうでした。
女性専用車へわざわざ乗り込んでいって、「こんなものはいらないのだ」と述べに行ったら、きっと以前に深刻なトラウマになる経験があったのでしょう、女のひとにおおきな声で悲鳴をあげられて、うろたえながら「男の側の正義」を弁じるというマンガ的なザイトックジジイもいた。

自分が理解できるいくつかの言語のなかでも、日本語世界に渦巻いている他者への憎悪と悪意は桁違いのもので、なんだかリアリティがないほどのものです。
日本以外の国に住んでいる日本の人は
「そこの日本人!聞いてるか? この国からでていけ。おまえらはおれたちの教育投資や社会保障や医療福祉を盗みにきただけだ。おまえたちは生まれついての嘘つきだろうが。
もし、でていかないなら、たたき殺してやるからそう思え」と叫びながら毎週末英語人たちが練り歩くのを想像すれば、その恐ろしさも非人間性も簡単にわかると思うが、
「韓国人でていけ」と 叫ぶひとびとが定期的に通りを行進するのを公然と許している社会では、悪意も憎悪もただの生活の一部で、その上に最近は首相が率先して憎悪を剥き出しにしているので、国ごと、まるごと「憎悪の王国」になってしまった感じがする。

だから日本で生活することは、意識するとしないとに関わらず社会全体に渦巻く憎悪と悪意の洪水に首まで浸かって暮らすことにほかならないが、伝染性のある「憎悪水」を飲んで自分まで憎悪人になってしまわないためには、退屈な結論でも、自分でいつづけるしかないよーです。
それがどんなに困難でも。

ほら、Taylorどん(←いつのまにか、すっかり仲間あつかい)も、
こんなふうに歌っておる。

And the haters gonna hate, hate, hate, hate, hate
Baby, I’m just gonna shake, shake, shake, shake, shake
I shake it off, I shake it off
Heartbreakers gonna break, break, break, break, break
And the fakers gonna fake, fake, fake, fake, fake
Baby, I’m just gonna shake, shake, shake, shake, shake
I shake it off, I shake it off

だから、

Shake it off!
It’s gonna be alright.

(こわがるの、やめようね)

24/September/2014

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