アスペルガー人とゲーマーズ

日系アメリカ人の中村修二がノーベル物理学賞を取ったのは良いことだった。
誰もが知っているとおりノーベル賞はそのときどきの政治力学が強く働く場で、20年を「待たされた」中村修二は、もう自分にはノーベル賞はまわってこない、LEDではやはりダメか、と諦めていたことだろう。

良いことだった、というのは件のトーダイおじさんたちのひとりSさんから、自分の若い部下で、地方の国立大学しか出ていないことに強い屈折を感じていたひとから「東大卒でなくても、(研究が)やれるのではないかと希望が持てるようになりました」という、なんだか、事情を知らなければ、くすっと笑いたくなるような、単純簡明で向上心の強い20世紀的な若者の顔が思い浮かぶようなemailが来て、年が離れてはいるが、内心では友人のように考えていた人間なので嬉しかった、という、こちらも傍からみれば、なんとなく年齢に較べて純朴に過ぎるような、朴訥なSさんの顔が思い浮かぶ、
暖かい気持ちにさせられるemailが来ていたことが第一の理由と思う。

もうひとつには、いまのところ弊履破帽の骨董扱いに近い日本の高等教育環境のなかで勉強していても、ちゃんとどこの町のどんな研究室でも伍していけることが追認された気分がして、少し、晴れ晴れした気持ちになった研究者たちもいるのではなかろうか、という気がする。
企業からアカデミアにはいる例が多い日本では、特に、勇気づけられた人も多いに違いない。

中村修二は、「怒りがわたしのエネルギーです」と述べた、という。
怒りは燃料で言えばエチルアルコールで、透明な炎で、研究人のエネルギーにはなりそうもないので、「憎悪」という言葉が嫌なので「怒り」に言い換えたのだと思うが、日本語インターネットで拾い読みに読んでいっても、自分を認めなかった日本への怒りや、日本人への怒り、…と書いてあって、「怒り」を「憎しみ」と変換したほうが理解しやすい言葉に満ちていて、なるほどそういうことはあるのは知っているが、日本の人だなあ、というか、ここに至るまで感情的につらくなかっただろうか、
会社の廊下で「なんだ中村、おまえ、まだ辞めてなかったのか」と言い放った役員の顔を思い出して眠れない夜があっただろうなあ、
このひとが歯をくいしばってこちらを見据えるような表情のあの写真は、カメラのレンズの向こうに、自分への軽侮を隠さなかった、あるいは「日本経済新聞」という仮面をかぶって、自分を袋だたきにたたきに来た日本の社会のひとりひとりを睨んでいたのかなあ、と考えて、しばらく、もの思いにひたってしまった。

気を取り直して、日本語インターネットを眺め直してみると、中年世代以上で海外で職業人として生活している人には、「この発言はとてもよく判る」と述べている人が多くいて、そういうひとびとの他の発言をみてみると、自分がいかに日本社会と相容れないで足蹴にされるようにして国の外に出てきたか、それ以来、ただ日本社会への敵愾心と「負けるものか」という気力だけでいまの地位を築いたか、というようなことが指揮者であったり、画家、建築家、さまざまな分野に及ぶ人が述べていて、やや奇観様(よう)の光景を呈している。

アトランタオリンピックの水泳決勝で、どの国の選手も緊張で破裂してしまいそうな表情で、なんとかして自分の、これから、スイミングプールに飛び込んで、200メートルを、先頭を切って泳ぐことを期待されている肉体と筋肉とをリラックスさせようと懸命になっている。
「必死の面持ちでリラックスしようとしている」と書くと、滑稽だが、スポーツ選手はそれが宿命で、腕をふり、首をまわして、「リラックス」という気分を横紋筋の筋原繊維細胞の隅々まで行き渡らせようとしている。

カメラがひとりひとりの表情をアップで追っているときに、他の選手は精神の一点に集中して、カメラが存在しないかのように振る舞っているのに、たったひとりだけカメラに向かって微笑みかけている選手がいる。
ニュージーランドの代表選手で、たしか、あのとき19歳だったと思う。
カメラがびっくりしたように動きを止めて、その若い選手をズームアップしだすと、にっこり笑って、手のひらを開いて、
そこには、でっかい目の落書きがしてあって、その下に「ハーイ、マム! 元気?」と書いてあって全世界のテレビの前のひとびとをずっこけさせたものだった。

アトランタオリンピックのフリースタイルで2つの金メダルと2つの世界記録を手に入れたDanyon Loaderで、ニュージーランドでも「いくらなんでも不真面目だ」と怒る人がいたが、キィウィらしくて良いではないか、と言う人や、金メダルとって一位になったんだから、いいじゃない、それで、という、いつものニュージーランド人得意のええかげんさが発揮されて、笑い話で終わった。

あるいはロンドンオリンピックで、ヨットの470dinghyで金メダルを獲得した、17歳のJo Alehと16歳のOlivia Powrieは、決勝の最後の直線水路まで、なんだか、このふたりの所属するヨットクラブのあるコヒマラマの浜辺のベンチに腰掛けて、近所のベーカリーから買ってきたステーキパイを食べながら、近所のよもやま話にふける女の高校生ふたり連れの気楽さで、話しては、笑いあっていて、決勝をテレビで観たひとを「これは練習風景なのか?」と訝らせた。
近所のおばちゃんの証言によると、「私は、マイクロフォンが拾ったビクトリアアベニューのデイリー(←雑貨屋)の話をしているのをこの耳で確かに聴いた」ということだった。

このほかにも、オリンピックの試合前夜に全員で下町のパブで酔っ払って、次の朝の試合に出場できなかったバレーボールのチームや、ニュージーランド人がいかに競争においてリラックスしているか、というよりも、全然緊張しないか、あるいはぶったるんでいるかについての傍証はいろいろあるが、キリがないので、このみっつの例だけでやめておく。

21世紀の世界を担ってゆくのは、コミュニケーション能力を代償として、知力が高く集中心と知的持続力に秀れた「アスペルガー人」と、速い速度で変化する動的に動いてゆく現実事象の抽象能力が高く、あっというまにゴールへのショートカットを発見して殺到する「ゲーマーズ」のふたつの種族であることは、ほぼ自明であると思う。
社会の競争の激しさが20世紀の比でないのは出だしから明らかであるからで、たとえば20世紀においては「静的な権威」の象徴ですらありえた金融ですら、当時22歳のMITを出た新卒社員にすぎなかったアスペルガー人たちによって、ゲーマーズが「通常人」には到底ついていけないスピードで、いわばアイスホッケーのパックを追う業界に変貌した。

20世紀の段階でもすでにスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツのようなアスペルガー的な傾向の強い人間が新しい産業を興したが、行ってみればすぐわかるのさ、というか、シリコンバレー、ベルリン、メルボルン、バルセロナ、というような、いまこの瞬間に新しいビジネスモデルや技術的アイデアで沸騰するように沸き返っている町へでかけて、企業の主立った人びとに会ってみれば、たいていはアスペルガー人で、直感的な割合でいうと、7割くらいにもなるのではないだろうか。
みな一様に「奇矯な」という古めかしい表現が似合いそうなひとびとで、コミュニケーションがてんで下手で、パーティなども酔っ払ってバカ騒ぎをするか、テーブルにひっそり腰掛けて、なんだか居心地が悪そうに座っているかで、しかし打ち解ける回路が見つかれば、これほど話していて楽しい仲間達はいなくて、つまりはぼくの友人達だが、憑かれたように話しだしたかと思うと、今度は黙り込んでしまう、このひとびとが正常である世界では、20世紀の「正常人」は、いかにも生産性も創造性もないデクノボーで、冴えない批評のような繰り言を述べているだけの凡庸で退屈な人間の集団に見えてしまう。

http://gamayauber1001.wordpress.com/2012/04/28/いつか、どこかで/

不思議なことにゲーマーズのなかで抜群の知力をもつひとびとは、数は途方もなく少ないが、アスペルガー人と相性が良いようで、多分、「アスペルガー人が考えていることがわかる」点と、その考えと退屈で凡庸で頑固で、しかも数の上では圧倒的に多数の「正常人」の世界との折り合いをつける方法を機敏に発見する点で、このふたつの種族は共生しているものであるらしい。

ゲーマーズの最良の部分は、憎しみを帯びて帯電しやすいアスペルガー人の肩に手をやって、笑顔をとりもどさせる。
The Blues BrotersやMonty Python、The Three Stooges、Marx Brothers、はてはT.S.EliotにDylan Thomas、いよいよ興に乗るとシェイクスピアにシーザーまで引用して、夜通しふざけて、ついには朝方近いパブのテーブルに飛び乗って、ザ・クラシックス(←モータウン音楽のことです)やビーチボーイズの音楽にのって、足をあげてラインダンスまで始めて、居並ぶ「正常人」たちをボーゼンとさせるのを常とするが、それもアスペルガー人とゲーマーズはお互いに、まだ見も知らぬあいだがらだった頃から、会いたくて会いたくて、たまらなかった相手に会えたのだから、許してもらわなくては困る。

だいたいここまで書いてくると、気がつくとおもうが、アスペルガー人とゲーマーズは同じひとびとで、片方はうちに向かい、片方は表面を滑走するスピードを偏愛した結果、社会におけるあらわれかたが異なっただけなのであると、言えなくもない。
アスペルガー人のうち、モナドのようにして、ただひとりで生きてきたひとびとは憎しみを魂のなかで育てて、そのエネルギーで死をまぬがれ、仕事に精力を集中して生き延びてきた。
ゲーマーズたちは、憎しみどころか、感情らしい感情は思考から排斥して、手順をみいだし、その手順に従って判断を繰り返すという、いわば「宇宙の単純化」の過程をつくりだして学歴において財産つくりにおいてゲームにおける勝利を繰り返してきている。
正常人から言うと意識的な非人間化は下品であると思うだろうが、ゲーマーズにとっては20世紀にいたるまでに人間がつくりあげた文明そのものが、たいしてあてにならず、退屈で、我慢がならないほど独創性に欠けている。
ゲーマーズが、まるでやる気がないようにしかみえない冗談を楽しむような態度で事業上の困難に打ち勝ち、相手が工夫に工夫を重ねたつもりの間道の出口に立って待ち受け、正常人が全力で準備した探検の終わりに、目的地であくびをかみ殺しながらティーポットのお茶を飲んできみを手招きするのは、なんだか、哲学そのものが異なっていて、この地上の上にアスペルガー人以外には価値のある人間などいないと承知しているからでしょう。

無限にリラックスした人とまるで魂のなかに憎悪の超重力をつくりだして憎悪が世界を圧縮して解き放たれるエネルギーを利用して自らの生存を可能にしている人とが同じ人間だというのは奇妙だが、現実は現実で、案外、もう数十年のあいだには極大のブレークスルーがなければ破滅するしかない人類社会が最後のチャンスをうみだすために意図した投企の結果が、このふたつの種族なのかもしれません。

09/October/2014

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