空をみあげる若い人への手紙

「僕は2万6千アカウントほどブロックしてるから、ブロック数でガメさんにきっと勝ってる」
という、きみのツイートを見つけて笑ってしまった。
とても、きみらしい、と考えた。
そう言えば、まさきさんは、(←いつのまにか名前が書いてあるので呼びやすくなった)どのくらいフォロワーがいるのだろう、とおもってみたら
「269」とあったので、これもきみらしいとおもって、また頬がゆるんだ。
以前は1000になるとアカウントを閉じて、200くらいでまたこそこそとやってたんだけど、いまはめんどくさくなって、6000だかなんだかで、きみのアカウントをみて、ちょっと恥ずかしい感じがした。
なぜ「恥ずかしい」と思ったか、理由はわからない。

戦争法案が国会でどうなったか知らないけど、多分、この記事を書いている時間には国会を通過しているのではないかと思います。
日本政府は、これまでもブログで何度も書いてきた理由によって戦争への道を歩き出すだろう。
民主制度は欲に駆られた国民によって簡単に全体主義の道具になる。
ナチのような独裁は「動脈硬化を起こした民主制度」とも言えて、独裁は常に民主制によって選択される。

きみの国の政府の人達と話してみると、明治時代の治外法権や関税自主権の回復のような気持で「戦争ができる国家」になることを望んでいるんだね。
敗戦によって失われた権利を回復する、という感覚であるようでした。
ドイツ人たちとの会話と較べて、「ぜんぜん反省してないな、こりゃ」と可笑しかったけれど、きみにとっては笑いごとではないのは当たり前なので、慎まなければ。

「外国の反応」というようなものは、ないとおもう。
ツイッタにも書いたように自分達の息子や娘に代わって、あんまり近しい感じがしない国の若い人が死んでくれるのは、残酷なようでもやはり「嬉しい」ことだからです。

世界の国のひとびとは戦争にうんざりしはじめていて、国家の運営者にとって、さらに怖いことには、徐々に「国家」そのものに国民がうんざりしはじめている。
ぼくが生まれた国には、むかしでもたとえば美容師なら美容師という職業の人をオーストラリアと連合王国の両方で職業生活をさせてみて、「どちらの国が好きでしたか?」というひどい番組があるが、その程度の気楽さで、
ぼくのクルマの面倒をみてくれていたチーフメカニックも、給料が安いのと会社のオーナーとレストランで会ったら、「ここはお前のような人間が来るところではない」と言わんばかりにシカトされたのとで頭にきて、転職したが、転職のCVを出してから相手の会社がオーストラリアのブリスベンにあるのに気がついて、
採用の通知がきたので、そのままオーストラリアに移住してしまった。

「国」という概念がどんどん曖昧になって、なんだかひどく適当で、いつか連合王国でないニュージーランドのパスポートでヨーロッパに行ったら、
パスポートコントロールのおっちゃんが入国スタンプを忘れて、慌てて気がついて引き返さねばならないほどだった。

もう国権国家の古い外交手段である「戦争」にどこの国の人間も懐疑的になっている。

そういう時代に、他国の権益を守るために「列強クラブ」の由緒ある一員として肩肘を張りたいばっかりに、自分の国の若い人間を戦場に送ろうという法律をわざわざ強行採決するのだから、マヌケなくらい時代に逆行しているというか、笑い話みたいだが、現実に戦場へ送られる世代のきみとしては、検索してみると、ツイッタで「60年安保ほどもりあがってない」「70年安保を知っている自分としては、くだらないとしか思えないし、関心もない」と述べるおっちゃんたちと異なって、のんびり構えているわけにはいかないのでしょう。

民主主義、という「主義」は世界のどこにも存在しない。
民主制度というものがあるだけで、この不完全きわまりない制度が、利益と利益の直截のぶつかりあいである政治という難しい、本質的に粗野な分野では、「ダメななかでは最もマシ」なので自由人が多い社会では、この制度を採用している。
もちろん通りでのデモや議場外の弁論によって、かろうじて自由社会を維持できる程度のボロい政治装置です。
ただ選挙をやって選ばれた議員の多数決で機能すると思う人は世界中さがしても滅多にいないだろう。

賛成の人間は白い石を置いて、反対の人間は黒い石を置く。
初期の議題はたいてい戦争をするかどうかで、いったん戦争をやると決まれば、反対の人間も、市民としての名誉にかけて戦うことになっていた。

注意して欲しいのは、ギリシャ諸都市で民主制が出来たときに論じられた「戦争」はペルシャが攻めてくると決まってからの防衛戦争で、戦わずに膝を屈してペルシャの奴隷都市になるか、戦って、多くの死者をだしても自分たちの自由を守り抜くかで、ギリシャ人たちは、自分たちの数十倍の敵と戦って自由を守ることを誓った。
それでも、半分に近い人は「死んだら自由もなにもありゃしない。勝てるわけのない戦争をするなんてバカげてる」と宥和策に投票したんだけどね。

テルモピレーでは「自由人による全体主義」というちょうどいまの日本と反対の構造の国家をもっていたスパルタ人が全滅することによってペルシャ軍をくいとめた。

衒学的な人間が7000対20000以上、と言いたがるこの決戦は、実情は伝説のほうに限りなく近くて、
300人のスパルタ人と210万人のペルシャ軍の戦いで、自由人社会としては感心できない点がたくさんあったスパルタの社会が、いまでも自由を守り抜いた人々として尊敬されているのは、この戦闘に拠っている。

でもスパルタ人は、戦争を誤解しはじめてしまったんだよ。
彼らは攻撃的戦争と防衛戦争の本質的な違いを理解できなかった。
詳しいことはめんどくさいから省くが、彼らは防衛しかしない約束だったはずなのに、すっかり忘れてしまって、味をしめて、侵略戦争に移行していく。
その結果は、もちろん、国家の破滅だった。

いまは一定期間後に機密文書が公開されるので、日本に巨大な軍隊を駐留させたアメリカ政府の意図は、もともと日本の防衛ではなくて、戦争好きで知られた国民を抱える日本の好戦勢力ににらみを利かせるためだったのが判っています。
共産中国に対して、日本に中国と戦争はさせないし、もし戦争になったらアメリカは必ず共産中国に味方する、と約束している。
ニクソンが中国との国交正常化にこぎつけたのは、この約束が基礎になっている。
もっと大事なことは、アメリカが日本を押さえ込む体制を見せたことによって、アジア諸国が安心できたことで、これ以降、シンガポールから香港まで、日本については経済関係だけを考えればよいことをアメリカが保障したことによって安堵した。
その日本が再び「ふつうの国なみ」の交戦権を持つようになってアジア諸国が例えば中国政府が人民解放軍を抑えきれると判ったときに日本に対して変わらぬ態度でいつづけると思うのは、いくらなんでも外交的想像力がなさすぎる。

鴨緑江に到達したアメリカ/韓国軍が、中国の兵力投入によって、あっというまに押し返されて、チョシンの激しい戦いのなかでほとんど朝鮮戦争自体を失いかけたときにも、日本に出兵を頼まなかったのは、そんなことをすればまたぞろ日本の好戦性が蘇って、元の木阿弥になりかねないからだった。
日本の人は、もともと、子供のときから軍隊教育を受けていて、起立、礼、余計なことを言うな、静かにしなさいで、社会のための「良い兵隊」をつくるのに集中力をもった社会に育つ。
その「兵士」のなかから、試験の成績がよい子供を将校として抜擢して従順な兵士からなる兵団の運営にあたらせる。
限られたリソースのなかからむだなく才能を選び出すこのシステムは、でも、ちょっと考えてみればわかるが、本質的に全体主義で、きみより年上の世代に自分が全体主義者だという自覚がない「天然全体主義者」がたくさんいるのは、そのせいだとおもいます。

ぼくは、SEALDsって言うんだっけ?きみの仲間たちが、路上で声をあげだしたのを見て、とても嬉しかった。
ぼくが日本では散々歓待してもらいながら、ぜんぜん遠慮せずに罵倒してきた「将校団」のおっちゃんたちも、同じ気持ちであるようで、「若いやつらを守らなければ」と意味が不明のemailやチャットメッセージを残して、きみたちに合流しにいったようです。

おっちゃんたちがきみたちの「敵」と感じるのは、「悲壮な気分」「利用しようとして寄ってくる政党」「分裂」「妥協」「学生に対する採用企業側からの恫喝」というようなもので、そういうことから「若いもんを守る」気持ちらしい。
政治的主張のほうは「若いやつのほうが頭いい」とスカイプの向こう側で笑っていました。

ぼくは、ときどき、世界地図の上に、いま世界のどこが自由で、どこが自由でないか、色を塗って、描いてみることがあるんだよ。
「自由」が息をついている地域はどんどん小さくなって、数えてみたことはないが、もうすでに少数派なのは歴然としていて、ほとんど絶滅種に近いくらい。
意外なことを言う、と思うかも知れないが、ツイッタで書いたとおり、日本は数少ない希望のひとつなんです。

安倍政権への圧倒的支持をみて、失望していたのは、日本のきみたちよりも、香港の、上海の、北京の、京城の若者たちだった。
日本はどうなってしまったんだ、また、あの戦前の威丈高で嫌らしい日本人にもどってしまうのか、と訝っていた。
自分たちが連帯したかった「自由な日本人」はどこにいるのか。

だから、ぼくは、きみたちが通りに立って、顔を隠しさえしないで、というのはつまり、自分の当然の権利を行使する自由社会の市民として、立ち上がったのがとても嬉しかった。
渋谷のとき、かな。

そして、なおいっそうぼくを喜ばせたのはデモが終わったあと、「民主主義のルールを知らない」「政府は民主的な選挙で選ばれたのだから選挙で否定すべきだ」というマヌケを通り越して、自由社会をまったく理解できない人たちと、ツイッタでいいあったり、参加をよびかけたりして、長かった午後のあとで、きみが
「空が、きれい」とつぶやいたことだった。

きみは自分で知らないだろうけど政治的活動や発言のあとで、ごく自然に、人間の普通の感情にもどってゆく。
ごく自然に自由人で、理論武装も、理屈づけすらいらない自由な魂が日本という国にはあるのがわかって、「2万6千アカウントほどブロックしてる」きみのアカウントがとても好きです。

ぼくは、もう半年もすると32歳になる。
おっちゃんだよね。
年上の人間になるというのは難しいことで、英語ではたいしてたいへんじゃないんだけど、日本語で考えるときには、おおげさにいうと難事業みたい。
説教くさくなったり、「先輩ぶって」、あるいは逆に妙にわかわかしくなって、狎れかかったり、すごく難しい。

だから日本語を通してであう若い人には、なるべくなにも言わないようにしているんだけど。

自由人でいるということは、政治的には敗北に敗北を重ねることと同義です。
自由な人間が通りに立つときは、すでに国家が絶対暴力としての相貌をみせはじめたときで、その段階では、すでに自由の運命は決まっている。

前も言ったけど、ダメだったら、ぼくらの国へおいでよ。
たとえばデモひとつとっても、きみたちのように洗練されていなくて、背が高くてガタイがでかい何だか微妙にヘラヘラした顔のやつなんかは、「理屈なんかいらん。殴ってまえ、身体が小さいやつを後ろにさげて、わしらがどんどんいかんかい。ラグビーの要領でぶちのめせ」というようなチョー乱暴なことをいう。
ヘルメットの上からぶん殴って脳震盪を起こさせたりして、粗暴というか、ほんとはあんた暴力ふるいたいからデモやってんじゃない?といいたくなるていたらくであるとおもう。
野蛮を絵に描いたような自由人にあふれている。

だけど、きみとぼくには共通しているところがあるみたい。
目に見えないけどね。
いちど手にしたら、捨てようと思っても、どうしても魂にからみついて離れない、その感覚のことを「自由」というのだと思う。

どんどん追い詰められていくだろうけど、ここにはまだ準備する時間が残っている。
通りにでなければならなくなったら、また、そのとき考えるさ。
そのときは、一緒に出て戦おう。

怪我をしないように
悲壮な気持にならないように

祈っています

でわ

(15/July/2015)

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