鳩居堂で、朝食を

「ねえー、まだダメなんですかあ-」
「ダメ」
「だって、おなかすいたよお」
「表面がひかっているあいだはだめです」
「えええええー!だって光んなくなるまで待ってたら、乾いちゃっておいしくないじゃん」
「おだまりなさい。芸術のためです」
「うそおおお。ゲージツとだんちゃんとどっちが大事なんだよお」
「ゲイジュツ」
うー。
料理上手のモニがつくった「新そば」の料理が目の前にあるのに食べさせてもらえん。
この綺麗に整列して「おいしそうのパーティ」をしている料理を、これから絵に描くんだそーだ。ざるに載ったうまそーなそばの周りを、もっとうまそーなフランス風にアレンジされた小鉢料理の親衛隊が固めておる。
真剣かつ深刻に、うまそーです。
でも食べさせてもらえん。
ゲージツなんて傍迷惑なものは、だから嫌いなんじゃ。
モニさんは、この頃、やたらと日本のものに興味を示しておる。
伝統家具のようなものは前から好きだったようだが、最近は、食べ物に興味の対象が拡大された。
精進料理やそばみたいもんが気に入ったようです。
台所にふたりで立って、わっしにレシピを翻訳させる。
ふたりで一緒にダシをつくって、おもいきり失敗して笑い転げたりしてます。
(昆布ととろろ昆布を区別しなかった結果、すごい味になった)
魚を三枚におろせるようになったし、かつらむきも出来る。
モニと一緒に台所に立つのはなかなか命がけ(日本の無茶苦茶切れる包丁をもったまま仏式身振りで話すのは是非やめてもらいたい)だが、一緒に料理するのは楽しいっす。
たとえば、モニとわっしはこの頃「飛竜頭」をつくるのに凝っておる。
あれはあれで、ちゃんとつくるのは、難しいおすえ。
豆腐の水抜きから始まって、にんじん、きくらげ、百合根、と下準備だけでも結構たいへんです。
120度の油で揚げて、揚がった飛竜頭を今度はとろみをつけたスープのなかで煮て出来上がりだが、工程が多くてくそめんどくさい。
でも、ふたりでつくれば愉しいっす。
「そのまま5分煮る」なんちゅうところでは冷蔵庫のドアに貼っついているタイマーをかけて、ふっふっふ、5分キスしてればよいだけです。

モニとわっしは今回の滞在で和食のレパートリーが増えた。
ふたりとも日本料理が好きになった。
茶碗蒸し、とかはすげえ好き。
けんちん汁も好きですだ。
巻き寿司も太巻きをつくる。
「厚焼き卵焼き」はモニとわっしが大好きなお鮨屋さんにつくりかたを教えてもらった。
鶏の竜田揚げも揚げ出し豆腐もうまいのい。

ふたりとも「関西味」のほうが好きなのだそうです。
仲の良い料亭の主人も鮨屋の大将も、そうゆうので、きっとそうなのであろう。
(自分じゃ判り申さぬ)
日本の料理は以前に思ったほど単純ではなくて、難しい。
前には単純でショーユばっかし、と思って悪かった、すまん、和食の諸君、許してくれ給え、と思いました。

フランス料理は頭のなかに精密なデータベースが必要で、素材の何と何を、こういう形でかけあわせると、こういう味になって、だからこれとあれでつくったソースが必要で、とうふうに、冗談や表現の問題ではなくて化学者のような精密さが必要ですが、日本料理はジャズのアドリブのようなところがあって、それが愉しいっす。
自由度が高い。
こういうところにも日本人が隠している「自由」の感覚があるようです。

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