Enrico Donati

わっしはどこに行ってもだいたい10日間はその街にいます。ふつうは1ヶ月、長いときには一年いる。得体の知れないハンサムな流れ者なので綺麗な娘がいる親はわっしの姿を見ると娘を裏山に隠すといわれている。椿三十郎どすな。日本刀は触ったことくらいしかないが。
そーゆーわっしがサンフランシスコに根性でひと晩だけ泊まったのは、どうせアメリカのどっかで乗り換えてメキシコシティに行くのだったらサンフランシスコで乗り換えてDonati 
http://en.wikipedia.org/wiki/Enrico_Donati
を、ひさしぶりに見ていこうと思ったからです。
最後のシュルレアリストにして、世界でいちばん変なじいちゃんだ。
わっしのニューヨークの友だちは画廊を経営するおっさんにこいつのガールフレンド(いつもピンポイントのすげーとんがったハイヒールをはいてるハクイねえちゃんだす)が取材でDonatiのところに行くと言ったら、おっさんに「えっ、そりゃまずいぞ、おまえ。Donatiは美人好きで有名なんだぞ。30分も一緒にしゃべらせとくといっぱつだっちゅうぞ」と言われてあせったそうだ。Donati、このとき93歳だったんだけどな。
現代美術界のオールドパー(注1)みたいなじいさんです。
しかし、つくるものはシュルレアリストらしいウィットにあふれている。
初期の頃は友人(あんな偏屈な奴とどうやって友だちになったんだろう)のマルセル・デュシャンやダリの影響が強かったが後のほうになるとDonatiらしさを発揮するのだ。
よく知られたことですが、Donatiは「画家になる準備」として香水会社をつくった(もうちっと精確にいうとぼろ会社を買った)。
金に困ってちゃ、ゲージツはやれねえだろ、と思ったのだそうです。
そしてほんとうに億万長者になった。そう、有名な香水会社の社長だったんです。
わっしはフランシスベーコンみたいにキョーレツ コミュニケーション拒否の画家も好きだがDonatiのようなガキンチョが美の神様をからかっているような作品も好きです。
そしてDonatiの傑作群はサンフランシスコのある画廊がもっている。
わっしはホゲーの話とかでなんとなくヘッジホッグ生活ふうになったのがつまらんと思ってDonatiに会いに行った。ためつすがめつ眺めていたら、画廊のひとが話しかけてきて、しばらく話していたら、今度はなんかしらんが美術にやたらくわしいクールなおばちゃん(のちに親方と判明)がやってきて地下室に次から次に(バイトどもを奴隷のようにこきつかって)作品を持ち込んで説明してくれた。
ボロボロのジーパンに穴があいていてボタンがひとつとれたボロシャツ(ポロシャツには非ず)、しかも真冬にサンフランシスコをジャケットも着ねえで汚ねえシャツ一枚でうろうろしているバカタレ男に3人が付き添って解説してくれるのです。
わっしは、この情熱はなんであろう、と思った。
日本の銀座あたりのどれもこれもそろいにそろったくそったれ画廊とはえらい違いではないか。
見るからにビンボーな薄汚いにーちゃんに何時間も使って絵の解説をするのはなぜか。
そこには金銭でないものに向かう情熱があるからですね。
自分が理解しているものをちょっとでも理解してくれそうな人間を見つけると全エネルギーを傾けて語りかけ理解されようとする、西洋的な情熱がある。
わっしはDonatiのおかげでヘッジホッグの穴からひっぱりだしてもらったような気がしました。わっしがいちばん気に入ったのは片方が1961年の絵もう一方は1991年の絵でそれぞれ一応値段を訊ねてみたら900万円と590万円だそーです(^^;)
「プライスレンジにはいってる?」とマジメな顔をして若いねーちゃんの社員のほうが訊くので「はいってるわけねえでしょ。わっしのクレジットカードの限度額って、1500ドルだぜ」と言ったら、たいへん失礼にもでっかい声で笑いころげて、そりゃま、かっこうを見りゃわかるけどね、だって。だったら訊くなよな。
しかし、Donatiはやっぱり結構いいよな、と帰りのBARTのなかで考えました。
役にも立たんウィットでもウィットだけで世界がつくれるやん。
形象の文法に則っておれば意味も特にはいらんわけだ。
わっしもその線でならなんかやれるかも。
もっとも画廊のみなさんのでっかいハグにたじろいだあと帰りかけて振り返ったら、
そこにLeonor Fini があった。そう、あのおそろしいFini。人間の魂を現実の世界から連れ出して中有へと置き去りにするFini.
意表をつかれた狼狽を隠すのに「あのFiniはいくらで出してるんすか?」と訊いたら、さっきから「こんなバカガキの相手をすんのはいやだなあー、社長が喜んでるからやってるけど」と顔に書いてあった若い兄ちゃん社員が氷のような声で「2900万円」と言った。
あっ、そうですか。Finiって、いつからそんなに高くなったんだろ。
絶望はウィットよりも高価なのだな。
うーむ。

画像はわっしがガキンチョの頃かーちゃんにつれられて初めてやってきたサンフランシスコで泊まったホテル。The Westin St. Francis.
外から見た限りでは、いまもあんまり変わっておらんようだな。
ここのリフト(エレベータ)は特殊な構造のせいでガラス越しに外を見る癖のあるガキンチョにとってはものすごくコワイ。
ギロチンで首をはねられるような感じなのす。
わっしはなんべんやっても怖くて死にそうであったのをおぼえておる。

(注1)
Thomas Parr
百歳を越えたところで私生児をつくったので有名なイギリスのじっちゃん。この壮挙を記念してウィスキーOld Parrが出来たのはユーメイだす。また百歳を越えても上記の快挙にカンドーしたイギリスのやんごとなきご婦人たちに「いっぱつやらせろ」(表現が下品ですまん)と迫られたと伝えられる。全英国男の羨望の対象でもあったと言われとります。ルーベンスとファンダイクが肖像画を書くほどの国民的スターであった。

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