San Francisco

もうすぐサンフランシスコに向かって移動を開始するところです。
この頃、サンフランシスコにあまり行かなくなった。
何人かサンフランシスコの近郊(ロスガドス、モンタレー)に住んでいた友達がみな欧州に越してしまったのと、よくわからない理由でサンフランシスコの街に魅力を感じなくなってしまったのと、そのふたつが理由です。
去年は旅行の途中でちょっと寄って一泊しただけである。

Enrico Donati

いま読んでみると、BARTに乗ってドナティを観に行ってます。
BART、古くなったよな。

今回は仕事の用事もあるので、いかないわけにはいかむ。
あのあたりは銀行がぐじゃぐじゃになったので、わっしのようなアホなにーちゃんがショボショボと出かけていかなければならないことになった。
サンフランシスコは「街のディテール」にあたるものがなくなって久しい。
路地にある小さな古本屋や中古レコード店、骨董品の店、そーゆーものがサンフランシスコのよいところであって、子供の頃、サンフランシスコのそういうところが好きであった。でも、いまはあんまりそーゆーものは、なくなってしまった。

ひとつだけ、おもしろいことがある。
こんな話を書いても、誰も信じてくれないに決まっているので止そうか思ったが、やっぱり書いておく。
わっしが10歳の冬、やはりサンフランシスコに来てウエスティンに泊まった。
サンフランシスコに来るときはだいたいそうだが、絵を買いに来たかーちゃんのお伴です。
わっしは、そのとき、ホテルのロビーにあるコーヒー店で目の覚めるような金髪の北欧人の女の子を見た。5歳か6歳。
そのくらいの年の子を「美人」と形容するのはおかしいが、そうとしか表現のしようがないほど美しいガキンチョであった。
あーゆーのを「後光がさす」と言うな、日本語では。
燃えるようなオレンジ色のコートを着て、宝石をはめこんだような緑色の眼を大きく見開いて、なんだかちょっと怒ったような顔をして、世界をにらみつけてでもいるような子供でした。むちゃくちゃかわいいほっぺが心なしかぷっと膨らんでおる。
なんだか、このチビ娘がいるところだけ世界から切り取られて別に存在しているようで、
そこのスポットだけ神様に祝福されているような、非現実的な感じでした。
わっしは、びっくりしてしまって、世の中には、こんなに美しい生身のガキがいるのか、とカンドーした。
あんまり非現実的に綺麗なので熱が出そうであった。

ガメはそう言うが、サンフランシスコは、わたしは好きである、と、まだ会ったばかりの頃、一緒に食事をしているときにモニが言います。
母親に連れられて、行ったことがある。
ユニオンスクエアの近くに泊まった。
大好きだったオレンジ色のコートに、従兄弟のPが染みをつけたので、すごく頭に来たのをおぼえてる。
オレンジ色のコート。
….ははは、だから言ったでしょう? 書いても信じない、って。
あの美しい北欧人のチビは、実は北欧人ではなくてフランス人だった。
さっき、ベッドから出て行って、いま台所でコーヒーをつくっているのと同じひとだったのす。
だからわっしは去年ドナティを見に行った。
もう別れるべ、とそのときは思っていたからな。
その画廊は、もちろん、あのコーヒー店の隣にあるのです。

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